こおろぎ'73

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こおろぎ'73 プロフィール画像

こおろぎ'73のバイオグラフィー

こおろぎ'73(-ななじゅうさん)は、かつて活動していた日本のコーラスユニット。

1972年から1990年にかけて活動。主にテレビアニメ、アニメ映画のテーマ曲を歌唱していた。


メンバー
本節および次節における括弧内は左から順に活動期間・パート・ニックネームを指す。

大倉正丈(おおくらまさたけ)(1973-1990・セカンド→トップ・マック)
岡山県出身。「銀巴里」、「ジァンジァン」等で歌っていたシャンソン歌手。
CMソングを歌うなどのソロ活動をしていた。
1973年に、脱退するまきのりゆきの後に加入。
1983年にさとまさのりが脱退した後は、グループのリーダーとなった。
1990年以降はソロ歌手活動。1994年に引退。

上野博樹(うえのひろき)(1977-1990・バリトン→セカンド・ヒロ坊)
東京都出身。1968年にスクールメイツ加入後、中野ブラザーズについてタップダンスを修業。
1971年には、細野高裕と共に「マシンガン・ブラザース」を結成。
1977年、引退した岸龍也に代わって、こおろぎ'73に加入した。1990年に引退。

津島隆文(つしまたかふみ)(1972-1990・バリトン→ベース・アー坊)
神奈川県出身。1968年、スクールメイツのレッスン・コースに加入。
1969年から『ステージ101』に初期メンバーとして出演。
グループの本格的デビューを機に、1973年4月に番組から卒業する。1990年に引退。


脱退メンバー

さとまさのり(1972-1982・トップ→バリトン・さとくん)
秋田県出身。学生時代には、老舗ライブハウス「ジァンジァン」でフォークソングを歌っていた。
1970年に、まきのりゆきと共にフォークグループ「オレと水車」を結成する。
その縁により、こおろぎ'73の結成メンバーとなる。
1973年にまきが脱退すると、こおろぎ'73のリーダーとなる。
1982年グループ脱退後ソロで活動。
歌だけでなく、ラジオ番組のパーソナリティや役者もこなす。

岸龍也(きしたつや)(1972-1977・ベース・たっちゃん)
群馬県出身。高校時代にアメリカ留学経験を持つ。
1971年より『ステージ101』に出演。
その後、グループの本格的デビューを機に、1973年4月に番組から卒業する。1977年に引退。

まきのりゆき(1972-1973・セカンド・まきくん/のりまき)
熊本県出身。立正大学在学中に『ステージ101』に出演。
グループ結成時にはリーダーだったが、番組に残るために脱退した。
放送終了後は、宮内良らとボギーを結成し、『レッツゴーヤング』のコーラスとしてレギュラーで活躍。
後に、JES(ジャパン・エコー・シンガーズ)のリーダーとして活躍。
現在は個人で音楽事務所、カラオケ教室を立ち上げている。
また、牧憲幸として詩吟の指導も担当し、熊本県に宗家がある詩歌吟詠道蘇山流東京支部の代表として活動している。


略歴

1972年に、NHK『ステージ101』に出演していた津島隆文、岸龍也、まきのりゆきと、
同番組の音楽監督であった和田昭治から依頼を受けたさとまさのりの4人で結成された。
同年11月25日、サントリーのCMソング『花咲じいさん』でレコードデビュー。
その後、何度かメンバーの交代や脱退があり、最終的には大倉正丈、上野博樹、津島隆文の3人となった。
主としてアニメーションを中心としたテレビのテーマソングや童謡を数多く歌った。

中でも話題になったのは、『秘密戦隊ゴレンジャー』のエンディングテーマ『秘密戦隊ゴレンジャー』(バックコーラス。歌唱はささきいさお)だった。

1990年に活動停止(事実上の解散)。
1995年から2002年まで「ドラえもん」のエンディングとして放映された「ぼくドラえもん2112」に「こおろぎ'73」がクレジットされているが、
これは1979年に録音された「ぼくドラえもん」からコーラストラックが流用されたからである。

グループ脱退後も、さとまさのり、岸龍也の2人は、ソロやグループとして何度か単発のライブに参加している。
2003年には、津島隆文を加えた3人で1日だけのグループ「×おろぎ'03」を結成し、私的なイベントに参加している。


ユニット名の由来

ネーミングに関しては、当初はそこら辺にいるものという意味合いで「便所こおろぎ」のユニット名にする予定であったが、
余りにも下品であるという理由で「便所」を削除したとする話が有名。1973年までの期間限定ユニットのつもりで「'73」をつけたという経緯がある。

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