カーネーション

ジャンル:J-Pop
カーネーション プロフィール画像

カーネーションのおすすめYouTube動画(PV・ライブ映像)

  • カーネーション 「コズミック・シーのランチ・タイム」 サムネイル画像

    カーネーション 「コズミック・シーのランチ・タイム」

    動画視聴

    【30周年記念】カーネーション初期アルバム4CDボックス発売決定! ということで防波堤のJでも・・・と思ったらようつべにもないのでこれで

    このユーザーの他の投稿も見る

カーネーションのiTunes Store人気曲

カーネーションのバイオグラフィー

カーネーション(CARNATION)は、日本のロックバンド。

1980年、東京造形大学にて美大生バンド「ほのぼのレイプス」を結成。
1981年、上記のバンドを母体として直枝政太郎(現・直枝政広)が中心となり、「耳鼻咽喉科」が結成される。
1983年、12月にバンド名を「カーネーション」に改名。音楽性がポップよりになったという理由から。名前の由来は耳鼻咽喉科の曲「花の運河で溺れたい」のサビより。
1984年、ケラが興味を持ち、ナゴムレコードからシングル「夜の煙突」(耳鼻咽喉科時代の曲)をリリース。ナゴム史上でも記録に残るほど売れなかった。
1986年、直枝とムーンライダーズの鈴木博文とのユニット「政風会」とのスプリット・アルバム「DUCK BOAT」を発表。
1988年、徳間ジャパンからメジャーデビュー。
1989年、森高千里のアルバム「非実力派宣言」に演奏などで参加、話題となる。中でも「夜の煙突」のカバーは評判となり、以後長きにわたって森高のコンサートでの人気曲となった。PVなどにも参加している。
1994年、コロムビアレコードに移籍、アルバム「EDO RIVER」がFM局などで評判となり、翌年のシングル「It's a Beautiful Day」がヒットする。
1997年、11月18日には初の渋谷公会堂ライブを成功させた。
2002年、棚谷祐一と鳥羽修が脱退。
2003年、所属事務所をソニー・ミュージックアーティスツ、レコード会社をcutting edge(エイベックス)に移籍。アルバムをCCCDで出すことに揉めた時期である。
2005年、「ハリケーン・レコーズ」を立ち上げる。
2008年、9月に新たに「カーネーション オフィス」を設立。
2009年、1月に矢部浩志が脱退。これを受けてサポートメンバーにタマコウォルズの中原由貴が参加。

初期の頃はポップに成りきらない音楽性から「和製XTC」、あるいは「ムーンライダーズの弟バンド」などと呼ばれることもあったが、5人組の黄金時代とも言えるコロンビア移籍後にキャッチーな曲を収録した『EDO RIVER』を発表すると、ラジオでオンエアされることも増え、シングル「It's a Beautiful Day」がスマッシュヒットする。その後もアルバムを発表するごとに音楽性を変化させ続けている。

2002年以降、メンバーが3人(現在は2人)になってからは、より骨太でロック色の強いバンドサウンド、人生を鋭く綴った歌詞、「大人のロックバンド」とは言わせないといわんばかりのタフなステージアクトで、幅広い層のファンから熱い支持を受けている。

現在のメンバー

直枝 政広(なおえ まさひろ 1959年8月26日 東京都出身):リーダー、ヴォーカル、ギター、作詞作曲。東京造形大学卒。1999年に直枝 政太郎(なおえ まさたろう)から本名に改名。
  1966年頃からレコード(G.Sや歌謡曲にはじまり、ヴェンチャーズ、そしてロック音楽)を聴くようになり、中学時代に2人組のバンド「APPLE」を結成、APPLEは英語詞のオリジナル曲を多数残した。ビートルズの『レット・イット・ビー』に影響を受け、銀座のビルの屋上で映画(自主)も撮影。高校時代は四人囃子やはっぴいえんどを演奏する「トド」という4人組のエレクトリック・バンドと、フォーク・デュオ「麻呂」を結成し活動。二浪後の末に東京造形大学に入学。音楽サークル「重音」に所属し、1980年にバンド「ほのぼのレイプス」、1981年に「耳鼻咽喉科」(メンバーには画家の徳永雅之、木工家の丹羽望らがいた)を結成、名前のせいでチケットが売れないというメンバーの意見や、音楽性がポップになったという理由から「カーネーション」と改める。
高校の同級生に映画監督の天願大介、一年先輩にギタリストの浅野祥之、従弟に映画監督の山本淳一がいる。大学時のサークルには、フライングキッズの丸山史朗、TOM★CAT、BARBEE BOYSの杏子がおり、同期には『新世紀エヴァンゲリオン』のキャラクターデザインを手がけた貞本義行、後の後輩には草野マサムネらがいる。
尊敬していたムーンライダーズの鈴木慶一・博文兄弟の自宅にデモテープを送付したところ、鈴木博文から「遊びにおいでよ」と電話があり、メンバー全員で自宅を訪ねる。このことがきっかけとなり、博文と「政風会」を結成。1984年『陽気な若き博物館員たち』(徳間ジャパン)に直枝政太郎名義で「運河の兵隊」「トロッコ」を発表。1986年に政風会とカーネーション各4曲ずつを収録したアルバム『DUCK BOAT』(Switch)が発売される。1989年、モーリス名義で「BAD LOOKS」(メンバーはKAN、風祭東、清水淳)にも参加。上田ケンジ、豊田道倫らとレーベルBumblebee Recordsを主宰し、V.A.『墨堤夜景』(1999)、直枝政広『HOPKINS CREEK』(2000)などをリリース。
2007年に初の自伝的な音楽書『宇宙の柳、たましいの下着』(boid)を出版。

大田 譲(おおた ゆずる 1960年1月20日 鳥取県生まれ):ベース、ボーカル。京都産業大学卒。
青山陽一や西村哲也らとGRANDFATHERSで活動。解散後の1992年に加入。愛称はユルズ。
大学時代の同期に三原重夫(ローザ・ルクセンブルグ)、先輩に玉城宏志(マチルダロドリゲス)がいる。
坂本サトルや坂本真綾の楽曲に参加している。

脱退したメンバー

矢部 浩志(やべ ひろし 1963年12月21日 石川県生まれ):ドラム、パーカッション、作曲。
1985年加入。正確さと人間くさい温かさを併せ持つドラマーとして、広末涼子など数多くのアーティストのレコーディングやコンサートに参加。一方でメロディーメーカーとしてもセンスを発揮、ソロプロジェクトMUSEMENTを2007年より始動。
2008年9月から椎間板ヘルニアの治療に専念するため活動休養していたが、2009年1月末をもって脱退。本人曰く、脱退は肩書き上の変化に過ぎず、作曲活動に専念して支え合っていくという。趣味は映画鑑賞で、サイモン&ガーファンクルのファン。

棚谷 祐一(たなや ゆういち 1962年 茨城県生まれ):キーボード、ボーカル、作曲。武蔵野音楽大学出身。
1983年、関島岳郎(栗コーダーカルテット)や北田かおる(cornets、現妻)と共に結成した「ドレミ合唱団」で活動後、1987年加入、2002年脱退。
スピッツ、空気公団、セロファン、ゲントウキ、伊藤サチコ、坂本サトルなどのプロデューサー・アレンジャーとしても有名。脱退後はユニット「Dresser Animals」や「i-Co-i」名義で活動。現在は専門学校東京ミュージック&メディアアーツ尚美制作表現コース講師。大のビール好き。

鳥羽 修(とば おさむ 1965年 東京都生まれ):ギター、作曲。
ユニット「モスキート」(現在は解散)で活動していたが、鈴木博文の紹介で1991年カーネーション加入。華のあるギタープレイで人気を博したが、2002年脱退。
アルバム「WILD FANTASY」にエンジニアとして参加。現在はバンド「タマコウォルズ」で活動する傍ら、青山陽一の一連のアルバムのエンジニアも務める。

馬田 裕次(まだ ゆうじ 1961年 福岡県出身):ベース、ボーカル、作詞作曲。多摩美術大学卒。1983年加入、1991年脱退。
耳鼻咽喉科時代からのメンバー。初期のいくつかの楽曲で作詞や作曲を担当している。

坂東 次郎(ばんどう じろう 1960年 北海道出身):ギター、ボーカル。多摩美術大学卒。1984年加入、1990年脱退。
現在はバンドウジロウ名義で音楽家、グラフィックデザイナー、ユニット「bandit」や「Pit Bit」などで活動。
THE BOOMのツアーなどに参加。フランク・ザッパやキンクスのファン。

徳永 雅之(とくなが まさゆき 1960年 長崎県出身):ドラム。東京藝術大学卒、同大学大学院修了。1985年脱退。
耳鼻咽喉科時代からのメンバー。現在は画家。バンド「連続協奏組合/RENKYO」のドラマー。「ムサシノep」のジャケットを手がけている。大学時代に所属していた軽音部にテルミン奏者の故・溝口竜也がいる。

小汲 哲郎(おぐみ てつろう):サックス。80年代に脱退。
耳鼻咽喉科時代からのメンバー。サックスを持っているという理由で加入。初期の楽曲や岡田徹の「海辺の名人」に参加し、脱退後も音楽業界で活動。

谷野 晃一(たにの こういち):キーボード。耳鼻咽喉科がカーネーションに改名した後に加入、「DUCK BOAT」製作前の80年代に脱退。

カーネーションと同じジャンルのアーティスト

  • 畠山美由紀 アーティスト写真

    畠山美由紀

    畠山美由紀(はたけやま みゆき、1972年8月18日 - )は宮城県気仙沼市出身のシンガーソングライターである。10人編成バンドDouble Famousや男女ユニットPort of Notesのボーカリストをつとめ、2001年にソロデビュー。…

  • たま アーティスト写真

    たま

    たまは1980年代末から2003年にかけて活動していたバンド。フォーク・ロックを主体にしながら非常に独創的な音楽性で異彩を放った。評論家の竹中労は「日本のビートルズ」と称した。 メンバー * 知久寿焼=ギター、マンドリン、ウクレレ、ハーモニカ * 柳原幼一郎(現:陽一郎)=キーボード(オルガン、ピアノ、アコーディオン、鍵盤ハーモニカなど)、ギター * 石川浩司=パーカッション(テレビで、「たたき物」と自己紹介していたこともあった。)、オルガン、…

  • Baby.M アーティスト写真

    Baby.M

    Baby Mはインターナショナルなバックグラウンドの持ち主である。日本人の父とイギリス人の母のあいだに産まれる。14歳までは日本で育つが、その後、フィリピンに2年、南アフリカに3年滞在するが、日本を含むいずれの国においても、音楽を通じてのチャリティ活動をおこなってきた。 彼女が歌を歌う理由はそこにある。 「人のためになる歌を歌うこと。」Baby Mはこう語る。「自分の歌で人々が笑顔になって喜んでくれる時が何よりも嬉しいです。」 チャリティ活動を行う理由を尋ねると「そうい…

  • VOLA & THE ORIENTAL MACHINE アーティスト写真

    VOLA & THE ORIENTAL MACHINE

    VOLA & THE ORIENTAL MACHINE(ヴォラ・アンド・ジ・オリエンタル・マシーン)は日本のロックバンドである。 現メンバー アヒト・イナザワ(鰰澤亜人、1973年6月6日 - )ボーカル、ギター、ドラム。福岡県出身。 向井秀徳、田渕ひさ子、中尾憲太郎と結成したNUMBER GIRL(ドラム担当)でデビューし、上京。 NUMBER GIRL解散後は、向井秀徳とZAZEN BOYS(ドラム担当)を結成したが、2004年12月30日のライブ(COU…

  • 椎名慶治 アーティスト写真

    椎名慶治

    OHP: http://www.yoshiharushiina.com/ 1975年12月30日生まれ。 SURFACEのボーカルとして、1998年5月27日シングル「それじゃあバイバイ」でデビュー。 親しみやすいメロディーと独特の歌詞、印象的なアレンジが融合したオリジナリティにあふれるサウンドが支持を集める。 その後もライブを精力的に行い全国にその名を広める。 SURFACEとして、シングル21枚、オリジナルアルバム6枚をリリース。 2010年6月13日の東京…

歌詞(lyrics)検索


Uta-Netで歌詞を検索する事ができます。

アルバム(iTunes配信中)

ディスコグラフィー