中村一義

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中村一義 プロフィール画像

中村一義のバイオグラフィー

中村 一義(なかむら かずよし、1975年2月18日 - )は、東京都江戸川区出身のミュージシャンである。血液型はA型。

来歴
幼い頃より、家庭内不和があり、両親との離縁を経て父方の祖父母の家へと移住する。当初はゴッホやシャガールに影響を受け絵画に興じていたが、高校生の頃より、その表現方法を音楽へと転換する。最初に聞き始めたのは、Primal Scream を中心とした、イギリスのクリエイション・ブーム期の音楽で、当時はその影響から友人らとバンドを組み、英歌詞の曲を作っていたが、本人曰く「鳴かず飛ばずだった」らしい。
高校卒業と時を同じくして、日本語詞による音楽作りをはじめる。この際、より本格的な音楽活動へと打ち込むべく、大学進学用の支度金を使って楽器を購入し、当時住んでいた祖父母の家の自室をスタジオ代わりとし、デモテープなどを録音している。
1995年、ファイブ・ディーに所属が決定。1997年にマーキュリー・ミュージックエンタテインメントより、シングル『犬と猫』でデビューを果たす。デビュー同年には1stアルバム『金字塔』を発表。当時22歳という若さにして、セルフプロデュースによって作られたこの作品は、意味深かつ独特な日本語詞と卓越したポップセンスにより、音楽雑誌を中心に、業界において高い評価を受ける。渋谷陽一はシングルカバーに「10年に一人の天才」と書き、いとうせいこうは自身のホームページで「桑田佳祐を継ぐ日本語詞の使い手」と評した。なお、デビューと同時期に結婚をしている。
1998年、2ndアルバム『太陽』をリリース。1999年に発表したシングル『ジュビリー』を最後に、マーキュリーとのレーベル契約を終了する。2000年にインディーズレーベルよりシングル『ハレルヤ』をリリースした後、東芝EMIよりシングル『1,2,3』と、3rdアルバム『ERA』を発表する。
同年夏にはフェスへ出演し、自身初となる公式アナウンスによるライブを披露する(以前にシークレットゲストとしての演奏はあった。詳しくは後述)。
2001年に出演した「ROCK IN JAPAN FES.2001」にて構成したバンドメンバーと意気投合し、同じメンバーにて2002年に4thアルバム『100s』をリリース。同年には同メンバーと共に、自身初となるライブツアーを行い、12月には大阪城ホールや日本武道館などで追加公演が開催された(後述)。また、この年にはスピッツのトリビュートアルバム『一期一会 Sweets for my SPITZ』に『冷たい頬』で参加している。
2003年に行われた「ROCK IN JAPAN FES.2003」には、やはり同じバンドメンバーを率いて「中村一義(100s)」名義で参加。2004年には完全に「100s」という名義となり、ソロ活動から本格的にバンド活動へと移行した。