押尾コータロー

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押尾コータロー プロフィール画像

押尾コータローのバイオグラフィー

【公式サイトより】
アコースティックギタリスト。
オープンチューニングやタッピング奏法を駆使した、独特のギターアレンジやパーカッシブで迫力ある演奏と繊細であたたかい音色が共存するステージは、世代を超えて多くの人々に支持を受けている。
2002年07月10日メジャーデビュー。同年10月全米メジャーデビューを果たす。
毎年7月にスイスで開催されている「モントルージャズフェスティバル」には、2002年から3年連続出演するなど、海外での評価も高い。
ラジオではMBSでレギュラー番組が放送中。
ソロアーティストとして全国ツアーなどのライブ活動を中心に、映画音楽、番組テーマ曲、CM音楽などの作曲も手掛ける。ジャンルを超えたコラボレーションも話題で、自身のプロデュースイベント「GUITAR PARADISE」を毎年開催するなど、幅広いスタンスで活躍中。

【Wikipediaより】
1968年2月1日生まれ。主にスティールストリングスのアコースティックギターを演奏する日本のギタリスト。本名押尾 光太郎(おしお こうたろう)。 大阪府出身で、現在も大阪を拠点とし、ソロギタリストとしての全国ツアーなどライブ活動を中心に活躍中。コータロー音楽事務所所属。身長180cm。

<略歴>
オープン・チューニングやタッピング奏法を駆使したその演奏スタイルは、マイケル・ヘッジス、タック・アンドレスなど20世紀後半の強烈な個性をもつ米ギタリストたちの影響を色濃く受けている。 だが一方で、それを自身のポップな感覚に巧みに採り入れ、他のヘッジス・クローンと呼ばれるギタリストたちとは一線を画した独自のスタイルになっているといえるだろう。また、指の爪で演奏しているため常に手入れを怠らず、小指以外の爪をスカルプチュアで保護している。
生前のマイケル・ヘッジスが来日したとき、彼の目の前でヘッジスの楽曲「ビコーズ・イッツ・ゼア」を演奏したことがある。 この曲は元はハープギターによる編曲であったが、それを6弦ギターで演奏できるようにアレンジし直して演奏した。それを聴いたヘッジスが「グレイト!」と賞賛の言葉を送っていた話は有名である。この時「M-Factory」の生みの親でもある三好英明も同席しており、「押尾!『ビコーズ・イッツ・ゼア』を演奏してみろよ!」と言われて演奏したという逸話が残っている。
ライブではコミカルな口調のMCにアニメソングやCMソング等を挟み込む(「僕のヒーロー」や「ファミリーコンピューターメドレー」は傑作)等、堅苦しくなりがちなギターソロの演奏を楽しく聴いてもらう工夫を欠かさない。更にライブでは定番となった「ひとりメンバー紹介」である"Dancin'コオロギ"も見て聴いて楽しい物となっている。

<演奏スタイル>
中学校2年からギターを弾き始める。学生時代は、今も師と仰ぐ五つの赤い風船のギタリスト・中川イサトのギター教室でレッスンを受けていた。高校を卒業してすぐに、1度東京へ移住。音楽専門学校に通う傍ら、ギタリスト岡崎倫典のギター教室にも通い、そこで同じくギタリストの小松原俊からもレッスンを受ける。
帰阪後バンド活動を始めるが、当時の担当はギターではなくベースだった。その理由は、バンドメンバー募集でベースしか応募がなかった為、仕方なく引き受けたからと後に語っている。バンド解散後は、ソロギタリストとしての活動を開始。同時期には、スティールパン奏者の山村誠一とユニット「VOICEQUN」(ヴォイスクン)を組んで活動もしていた。その後、FM802のラジオ番組HIRO T'S MORNING JAMにおいてDJヒロ寺平がオリジナル曲を紹介したことが転機となり、注目を浴びるようになった。インディーズから2枚のアルバムを発売した後、メジャーデビューした。

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ディスコグラフィー