Bad Brains

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Bad Brainsのバイオグラフィー

バッド・ブレインズ(Bad Brains)とは、1978年にメリーランド州プリンス・ジョージ・カウンティで結成されたロックバンドの名称。初期はアメリカン・ハードコアのオリジネイターとして、後にはレゲエ、ヘヴィメタルの要素も取り入れたミクスチャー・ロックのさきがけとして名を馳せた。またメンバー全員が黒人のパンク・バンドとして、初めて大きな音楽的影響力を持ったバンドである。バンド名はラモーンズの4枚目のアルバム『Road to Ruin』に収められた曲『Bad Brain』から。

メンバー
* ヴォーカル - H.R.(エイチアール、本名Paul Hudson ポール・ハドソン)
* ギター - ドクター・ノウ(Dr.Know、本名Gary Miller ゲイリー・ミラー)
* ベース - ダリル・ジェニファー(Darryl Jenifer)
* ドラムス - アール・ハドソン(Earl Hudson H.R.の弟)

高校で知り合った後の中心メンバー4人に、シド・マックレイを加えた5人編成バンド、『マインド・パワー(Mind power)』を母体とする。 当時はウェザー・リポートなどのフュージョン系のコピーを行っていた。

その折、マックレイの紹介でラモーンズ、セックス・ピストルズの音源に触れ、大きな衝撃を受ける。バンドはすぐさま音楽志向をパンク・ロックに変更。トラブルのあったマックレイを除いた4人編成のバンド「バッド・ブレインズ」に変身する。

当初はピストルズやイーターなどをコピーしていたが、程なくオリジナル曲を作るようになり、ワシントンD.C.に進出して多くのライブを行う。「ラモーンズを手本に、より進化したい」との思いから、曲は高速化。さらにフュージョン系のコピーで養った高い演奏技術を元に、単なる3コードの繰り返しではない、多彩な曲を演奏し、次第に人気を獲得していく。H.R.の激しいパフォーマンスを話題をさらった。

バッド・ブレインズのライブは、常に暴動寸前の熱狂を呼び起こし、ライブが終わったあとのクラブでどこかが破壊されていないところは無かった、といわれる。そのため、バンドはD.C.中のクラブから締め出しを食らってしまう。代表曲『Banned in DC』はこのことを題材にした曲である。

この時のバッド・ブレインズに触れて多大な影響を受けた人物には、マイナー・スレット、フガジのメンバーとして、またディスコード・レコードの主宰者としてD.C.ハードコア・シーンの中心的人物となるイアン・マッケイや、ブラック・フラッグのヴォーカリストとなるヘンリー・ロリンズなどがいる。

「D.C.立ち入り禁止」となったバッド・ブレインズは、ニューヨークに進出。CBGBにも出演し、ここでも凄まじい熱狂で迎えられた。この頃は定宿を持たず、CBGBの近くに住んでいた当時ザ・マッドのメンバーであったスクリーミング・マッド・ジョージの家に泊めてもらっていた。

1980年、メンバーはふとしたきっかけでボブ・マーリーのライブを観に行き、大きな衝撃を受ける。H.R.とアールの受けた衝撃は特に大きく、ラスタファリズムに目覚めることになる。もともとザ・クラッシュも好んで聞いていたことから、早速バッド・ブレインズのレパートリーにレゲエが加えられる。ミクスチャー路線の始まりである。

バンドの名声はさらに高まりつつあった。ニューヨークにはバッド・ブレインズを中心としたハードコア・シーンが形成されようとしていた。ダムドと共演した際に実力を認められ、ジョイントしてのイギリス・ツアーを持ち掛けられたり(諸事情により頓挫)、1981年にはザ・クラッシュとも共演した。1982年、ロイアー・レーベルより初のアルバム『Bad Brains』を発表。ホワイトハウスに雷が落ちるジャケット絵と、前代未聞の高速チューンが大きな評判となる。ライナーはヨ・ラ・テンゴのアイラ・カプランが執筆。