Can

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Canのバイオグラフィー

カンはイルミン・シュミット(キーボード)、ホルガー・シュカイ(ベース)、ヤキ・リーベツァイト(ドラムス)、ミヒャエル・カローリ(ギター)の4人のドイツ人と、アメリカ人の実験音楽家デイヴィッド・ジョンソンによってケルンで結成された。イルミンとホルガーはクラシック畑出身であり、シュトックハウゼンの教えを受けていた。ヤキはフリー・ジャズ・シーンでキャリアを積んでいた。ミヒャエルはホルガーの教え子であり、ホルガーたちに逆にロックを教えた。かれらは知り合いの貴族に貸してもらった城館をインナー・スペース・スタジオと名付け、そこでセッションを始めた。バンド名の由来は、「Communism」(共産主義)・「Anarchism」(無政府主義)・「Nihilism」(虚無主義)の頭文字を並べたもの、英語の可能を意味する助動詞「Can」、メンバーがあらゆるアイデアをカン(缶)に放り込むという意味などと説明されている。デイヴィッド・ジョンソンは早々に離脱し、アフリカ系アメリカ人のマルコム・ムーニーがボーカリストとして参加した。

1969年にファースト・アルバム『モンスター・ムービー Monster Movie』を自主レーベルからリリース(その後ドイツ・ユナイテッド・アーティスツと契約して再リリースする)。20分の大作「ユー・ドゥー・ライト Yoo Doo Right」はカンの代表曲となり、のちにThe Geraldine Fibbers、Thin White Rope、Masaki Batohらが短縮形でカバーした。マルコム・ムーニーは精神を病んで離脱、代わりに日本人のダモ鈴木がボーカリストとして参加。

1970年、映画音楽作品を集めた『サウンドトラックス Soundtracks』を発表。14分30秒の「マザー・スカイ Mother Sky」は、西ベルリンでディスコ・ヒットを記録した。このころからの数年間がカンの全盛期といえる。

1971年の『タゴマゴ Tago Mago』は当初の予定を変更して、より実験的な一枚を加えて二枚組LPとして発売された。「現代音楽」、「フリー・ジャズ」、「民族音楽」のごった煮という、カンの特徴がよく表れたアルバムとなった。

1972年に『エーゲ・バミヤージ Ege Bamyasi』を発表。前衛性と軽やかさが同居したアルバムで、収録曲の「スプーン」(テレビドラマの主題歌として作られた)のシングルは20万枚を売るヒットとなった。ジャケットの写真には「カン」というメーカーのオクラの缶詰が使われた。

1973年の『フューチャー・デイズ Future Days』は、批評家から高く評価されたアルバムである。ドラムスは軽く細やかなアフリカン・パーカッション、ダモのボーカルも気だるく、環境音楽に接近した。このアルバムを最後にダモ鈴木は離脱し、以後のボーカルは主にミヒャエル・カローリが担当する。

1974年の『スーン・オーバー・ババルーマ Soon Over Babaluma』は似非ラテン音楽をコンセプトにしたアルバム。「Chain Reaction」はラテンの熱を感じさせない機械的狂騒サンバである。

1975年、ヴァージン・レコードに移籍する(ドイツの発売権はEMI/ハーヴェスト)。『ランディッド Landed』は遊び心に溢れたアルバムで、似非ハードロックがコンセプトである。

1976年の『フロー・モーション Flow Motion』からはディスコ・ヒット「I Want More」が生まれた。

1977年の『ソー・ディライト Saw Delight』からは、元トラフィックのベーシストとパーカッショニストが参加し、よりプロフェッショナルなアフリカ風ミュージックを演奏している。このころからホルガー・シュカイはバンド内で孤立しはじめる。

1978年の『アウト・オブ・リーチ Out of Reach』は、のちにバンドから公式作品の地位を抹消された。

1979年の『カン Can』を最後にバンドは解散する。お別れパーティーのような明るさと寂しさの漂うアルバムである。このあと、メンバーはそれぞれのプロジェクトに散っていく。

1989年には再結成アルバム『ライト・タイム Rite Time』が発売された。