Eric Clapton

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Eric Claptonのバイオグラフィー

エリック・パトリック・クラプトン CBE(Eric Patrick Clapton CBE、1945年3月30日 - )はイングランドのサリー、リプリー出身のギタリストでブルース&ロックミュージシャンである。「スローハンド」というニックネームが有名である。 Rolling Stone誌の2003年8月号のカバーストーリー「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第4位。

ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと共に、3大ギタリストと呼ばれていた。今もロックやブルースのギタリストの多くに影響を与え続けている。

クラプトンのプレイは、ブルースに影響を受けることから出発している。特にアルバート・キング、ロバート・ジョンソン、エルモア・ジェイムズなどのブルース・ギタリストから受けた影響は、彼のプレイ、音楽性によく現れている。クリーム時代の"Strange Brew"で披露したアルバートを模倣したソロなどはそのいい例である。1990年代以降ポップ色を強めたあとも、彼のプレイの根底には常にブルースがある。

1970年代には薬物依存症、1980年代にはアルコール依存症、交通事故、胃潰瘍、愛妻パティ・ボイド(親友でもある元ビートルズのジョージ・ハリスンの前妻)との別離を経験。

1990年代初めには、イタリア人女優との間にもうけた初めての子供が、ニューヨークの高層マンションの窓から転落死するといったように、数々の災難に遭い人生の辛酸を味わったが、そのたびに立ち直り、そうした経験を糧にますます演奏に奥行きを加えて、世界の第一線のミュージシャンとして活躍を続けている。かつての多くの音楽仲間が薬物で命を落とし、あるいは加齢とともに音楽活動から遠ざかる中で、生き残ったクラプトンが80年代末ごろを境に音楽活動に再び本気で取り組みはじめた意義は大きい。

1991年、自らのバンドを従え、ジョージ・ハリスンのバックバンドに徹して参加し、日本だけのツアーを敢行。途中、ジョージの休憩を兼ねて、自らの楽曲を演奏するコーナーもあった。ジョージの世界ツアーの呼びかけに対して、亡くなった自分の息子の為の楽曲の録音をツアーの為にキャンセル。ジョージとしては、これが最後のライヴツアーとなった。そして亡くなった自分の息子に贈った歌が名曲「ティアーズ・イン・ヘヴン」(Tears In Heaven)である。なお、この曲は1992年に全米シングルチャート第2位を記録している。さらに93年には年間最優秀曲に選ばれ、この歌が収録されたアルバムも最優秀アルバム賞を獲得。

1996年、映画『フェノミナン』にカバー曲、「チェンジ・ザ・ワールド」を提供している(元々はカントリー・シンガーのウィノナ・ジャッドが歌っている)。この曲でクラプトンはグラミー賞のソング・オブ・ジ・イヤーを獲得している。

日本でのアルバム売り上げは1999年発売のベストアルバム『BEST OF』が200万枚、1992年発売のライブアルバム『アンプラグド』が120万枚(全世界では1500万枚)など。