Kan

ジャンル:ポップ
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Kanのバイオグラフィー

KAN(かん、1962年9月24日 - )は、日本のシンガーソングライター。本名は木村 和(きむら かん)。福岡県福岡市出身。アップフロントエージェンシー所属。
名付け親は父。なぜ「和」を「かん」と読ませたのかはKAN本人も知らず、父は1990年に逝去し、真相は謎のままとなった。芸名を「KAN」としたのは、本来は本名でデビューしたかった一方、名前を呼び間違えられやすいこと、また、インタビューの際「和」の読み方に関する質問をされると面倒だと感じたためである。なお、2005年5月に開設したオフィシャルサイトのURLは「kimuraKAN.com」(きむらかんドットコム)とし、開設時に通信販売限定で発売された弾き語りCD『何の変哲もない Love Songs』は、通常のアーティスト活動と区別する目的で「木村和」名義となっている。

発表するオリジナル楽曲は全てKAN自身が作曲。主に70年代から80年代にかけての洋楽に影響を受けており、特に後期のビートルズ(ジョン・レノンやポール・マッカートニーのソロ作品も含む)や、ビリー・ジョエル、スティーヴィー・ワンダー等からは、彼の音楽のルーツともいえるほど強く影響を受けている。メロディーやアレンジから彼らの音楽性を独自に研究し、それらの要素を自身の楽曲に積極的に取り入れている。また、楽曲的にスタイルを模倣した作品(パロディ)も存在する。基本的にピアノをフィーチュアした楽曲が多いが、ロックンロール、ソウル、ファンク、ジャズ、ダンスビート、そしてヒップホップも取り入れるなど、取り扱うジャンルは幅広い。

作曲とアレンジは切り離せない一つの作業という考えから、自ら作成したデモテープのアレンジを、レコーディングの際に大幅に変更されることを嫌う。そのため、レコーディング現場でスタッフと喧嘩になることもあった。そうした中で、1990年発表の5thアルバム『野球選手が夢だった。』から共同アレンジャーとして参加している小林信吾には最も信頼を置いており、このアルバム以降はほとんどが小林との共同アレンジか、KANの単独アレンジである。

デビュー前はほとんど洋楽しか聴いていなかったため、作詞に関しては影響を受けた邦楽アーティストがおらず、自ら作曲をしていた「アネット」時代も含め、1987年のデビュー当初は自ら作詞をすることは少なかった。本格的に作詞をするようになったのは1988年発表の3rdアルバム『GIRL TO LOVE』からであり(10曲中8曲を作詞)、1989年発表の4thアルバム『HAPPY TITLE−幸福選手権−』以降は全て作詞している。なお、1992年に発行されたエッセイ『ぼけつばりほり』において、「詞を書くのにもの凄く時間がかかる」と語っている。


プロフィールについては
http://www.kimurakan.com/history/index.php
KAN公式サイトに履歴書?!や
生まれてから現在に至るまでを、何年か毎に詳しく書かれているので
そちらを是非見ていただきたい所

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