Sheena & the Rokkets

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Sheena & the Rokkets プロフィール画像

Sheena & the Rokketsのバイオグラフィー

シーナ&ザ・ロケッツ(SHEENA & THE ROKKETS)は、日本のギターロックバンドである。

メンバー
シーナ (ボーカル、タンバリン)
鮎川誠 (ギター、ボーカル)
浅田孟 (ベース)
川島一秀(ドラムス)
渡邊信之(ギター、ベース)

元サンハウスのギタリスト鮎川誠が妻・シーナと共に福岡から上京し結成。1978年シングル『涙のハイウェイ』で、デビュー(当時の名義は『鮎川誠&シーナ・ロケット』)。
翌1979年、アルファレコードに移籍、Y.M.O.メンバーの協力を得て、アルバム『真空パック』を発表。シングル『ユー・メイ・ドリーム』が、JALの「マイ・ハート・キャンペーン」のCMに起用され、ブレイクを果たす。その後、アメリカのA&Mレコード、フランスのスカイドッグ・レコードなど海外でも発売。
1984年にビクター・レコードに移籍。
エルビス・コステロやラモーンズ、ウィルコ・ジョンソンともライブで共演し、1988年にはニューヨークのCBGBでライブデビューを果たす。国内・海外の様々なアーティストとの交流も深い。
その後も数々のイベントやフェスティバルに出演し、2008年で結成30周年を迎えた。現在も精力的にライブ活動を続けている。
代表曲は『レモンティー』『ユー・メイ・ドリーム』『ピンナップ・ベイビー・ブルース』など。また、1991年放送の学生援護会『サリダ』のテレビコマーシャルで『憲法第22条の歌』を歌ったことでも話題になった。

エピソード
『シーナ&ザ・ロケッツ』というバンド名の由来は、シーナの本名「悦子」から「ロック+エツコ=ロケッツ」となり、ただのロケッツでは軽いということと、昔風に『○○&ロケッツ』にしたいという鮎川の発案からである。綴りが「ROCKETS」ではなく「ROKKETS」であることも鮎川流の「ロックのセンス」だという。
地元である福岡を拠点にすることにこだわっていた鮎川が、幼い双子を残して上京し『シーナ&ザ・ロケッツ』を結成した理由は、シーナの父親の『一回、東京でスパッと勝負してこい。子供は任せて、思い切り、スパッと勝負してみんない!』という励ましがきっかけだったという。
(1980年5月12日 フジテレビ系「夜のヒットスタジオ」に初登場。[ユー・メイ・ドリーム」を披露。
この出演を機に一躍に知名度が向上することとなった。

メンバー
シーナ(ボーカル・タンバリン)
鮎川誠(ギター・ボーカル)
渡邊信之(ギター) - 1989年サイドギターで加入。その後ベース、2008年より再びギターを担当。
川島一秀(ドラム) - 1990年頃脱退[1]。2000年復帰
浅田孟(ベース) - 1987年脱退、ARBに加入。2008年復帰。
川島と浅田はTHE MODSの結成時(当時は『THE MOZZ』)のメンバーであり[2]、サンハウスの末期メンバーでもあった。

元メンバー
奈良敏博(ベース) - 1987年加入。1990年頃脱退[1]。
奈良は、元サンハウスのメンバー。川島、奈良の脱退後、バンドはドラムとベースを固定しない時期があった。この間、『Ha! Ha! Ha! Hard Drug』ではジョニー吉長がドラムを、また『@HEART』では穴井仁吉(元ザ・ロッカーズ)がベースをそれぞれ担当。

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