The Stone Roses

ジャンル:ロック
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The Stone Rosesのバイオグラフィー

ストーン・ローゼズ (The Stone Roses、以下 「ローゼズ」) はイギリスのグルーヴロックバンド。 1984年、マンチェスターにて結成。 1996年に解散。ブリットポップひいては後の音楽シーンに多大なる影響を与えたバンド。

幼馴染のイアン・ブラウン (ヴォーカル担当)とジョン・スクワイア (ギター担当) によって結成される。 その後、レニをドラマーに迎え、ベース担当のピート・ガーナーとリズムギター担当のアンディ・カズンズを加え、オリジナルラインナップが形成される。バンド名はローリングストーンズのストーンとポール・ウェラーに傾倒していたイアンがザ・ジャムのイングリッシュローズという曲のローズを取ってつけたとされるが諸説は色々ある。 ロッキン' オン誌のインタヴューでは硬いもの=石、と柔らかいもの=薔薇の組み合わせであるとも語っている。

解散後も幾度となく再結成が噂されてきたが、2011年10月18日に再結成することが正式発表され、2012年6月29日(金)~7月1日(日)の3日間マンチェスター北にあるヒートンパークにて合計22万人を集めたライブを決行した。

メンバー

イアン・ブラウン Ian George Brown /ヴォーカル 1963年2月20日生まれ
ジョン・スクワイア Jonathan Thomas Squire /ギター 1962年11月24日生まれ
マニ Gary Michael Mounfield /ベース1962年11月16日生まれ
レニ Alan John Wren /ドラム 1964年4月10日生まれ


彼らは当初、セックス・ピストルズやザ・クラッシュ、ザ・ジャムから影響を受けていたことからも分かるように、展開が速く攻撃的な、パンク色の強い曲を中心とし活動していた。 これらは、現在、ストーン・ローゼズの代表曲と称される楽曲の内容とは大きく異なるものである。1985年、9月に Thin Line Records から両A面シングル、"So Young/Tell Me" をリリースしデビューするものの、 不発に終わる (先に述べた 「パンク色の強い曲」 とはこの時期のもので、その後彼らはそれらの楽曲を自分達のものと認めていない)。

1988年10月、"Elephant Stone" をリリース。 ニュー・オーダーのピーター・フックがミックスを担当している。 この頃までにピート・ガーナーとアンディ・カズンズが脱退 (アンディは後に "The High" を結成。 アルバム "Somewhere Soon" を発表)、その穴を埋めるべくしてベーシストのマニ (本名ゲアリー・マンフィールド) が加入。 いわゆる 「黄金期」 のラインナップとなる。

1989年2月、シングル、 "Made of Stone" が発売され、NME のシングル・オヴ・ザ・ウィークに選ばれる。 4月、ジョン・レッキーをプロデューサーに迎えた 1stアルバム "The Stone Roses" を発売。 UKチャート初登場47位を獲得する。 この頃から大々的なプレスの取り上げや口コミによってイギリス全土へ名を馳せる。

1994年12月、セカンドアルバムとしては異例の5年以上の歳月を経て、ジョン主導で製作された 2ndアルバム "Second Coming" 発売。 UKチャート1位、USチャート47位。 復帰にあたり、インタヴューをホームレス救済雑誌ビッグ・イシューのみで行う。 レッド・ツェッペリンに影響を受けたと思われるこのアルバムはファースト・アルバムの内容とは大きく変化し、賛否両論を巻き起こす。

1995年3月にレニが脱退する。 黄金期のメンバーであり、バンドの特徴でもあるグルーヴの核となっていただけに、この出来事をバンドの終焉という者も少なくない。レニが抜けた穴としてロビー・マディックスが加入。

1996年4月、ジョンが脱退する。 理由は、残ったメンバー特にイアンに対する不満や、当時 ローゼズの音造りにおいてきわめて特徴的な役割を果たしていた天才肌の先代ドラマー ・レニが抜け、プロデューサーでもある新任ドラマー ・ロビーがサウンドプロダクションに大きく関わり、ローゼズそのものが更なる変貌を遂げつつあったことへ対する不安があったたため、などと言われる。 8月、イギリスで開催されたレディング・フェスティヴァルのトリを務めるものの、女性バックコーラス兼ダンサー陣営を加えたそのステージの過激な変化がプレスやファンに酷評される。 これを受け、10月に解散を発表、バンドの歴史に終止符を打った。

ヴォーカルのイアン・ブラウンはソロ活動を開始し、1998年にソロアルバム『アンフィニッシュド・モンキー・ビジネス』でデビュー。2011年までに6枚のオリジナル・アルバムと1枚のベスト・アルバムをリリースした。ギタリストのジョン・スクワイアはザ・シーホーセズを結成。1997年のデビューアルバムは一定の成功を収めるもメンバーとの音楽性の相違により1999年に解散。2002年にソロデビューし2枚のアルバムをリリースするが、2000年代半ばからは画家としての活動が中心になっていた。

マニは1996年に元々親交があったプライマル・スクリームにベーシストとして加入。『バニシング・ポイント』以降のアルバムでプレイした。またDJとしても活動し何度か来日もしている。ドラムスのレニは自らがフロントマンになり「The Rub」を結成。ヴォーカルとリードギターを務めたが、作品を発表することなく解散した。

時折り再結成の噂が浮上したが、元メンバーはそのたびにこれを否定。イアン・ブラウンは2004年のライヴでストーン・ローゼズの楽曲を披露したが、再結成の可能性は明確に否定した。2005年には巨額のオファーも蹴っている。また、ジョン・スクワイアも2009年にアート作品によって再結成の意志がないことを再度表明した。その一方で、マニは2008年末のインタビューで再結成への関心をみせていた。また、レニも2005年にマニに誘われてイアン・ブラウンのライヴを観に行った際に、四人がまた一緒に活動することは「絶対にないとはいえない話だけど、それは今年ではない」と述べていた。

2011年春、マニの母親の葬儀の際にイアン・ブラウンとジョン・スクワイアが15年ぶりに会話を交わす。これまで絶縁状態だった二人が再会したことで一気に再結成の機運が高まった。

2011年10月18日、イアン、ジョン、レニ、マニが記者会見を開き、再結成を発表、世界ツアーや新しいアルバムの発表も計画されていることが伝えられた。2012年6月29、30日、7月1日にマンチェスター北にあるヒートンパークにて22万人を集めた再結成ライヴを行った。2012年7月27日にはフジロック・フェスティバル2012へ出演。

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