Westlife

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Westlifeのバイオグラフィー

Westlife(ウェストライフ)は、1998年に結成された5人組アイリッシュ・ボーイズグループ。

1999年から2007年の間に14曲ものUKナンバー1シングルをリリースしており、これはエルビス・プレスリー、ビートルズにつぐ3番目の記録である。UK音楽史上7曲連続で1位を獲得したのはウエストライフだけで、UKでレコード・オブ・ザ・イヤーに4度輝き、またイギリスで唯一「レコード・オブ・ザ・イヤー」に4度輝いている。イギリスの有名なコンサート会場、ウェンブリー・アリーナで2006年に23回目のライブをしたのも新記録である。

キーアン・イーガン
シェーン・フィラン
ニッキー・バーン
ブライアン・マックファーデン
マーク・フィーリー


ウエストライフは1998年7月にアイルランドのスライゴ出身のキーアン・イーガン、シェーン・フィラン、マーク・フィリーと、アイルランドのダブリン出身のニッキー・バーン、ブライアン・マックファーデンによって結成された。

当初、キーアン、シェーン、マークの3人はIOUという6人組グループに属しており、この3人はバンドメンバーを探してダブリンで行われたオーディションでリクルート活動をするチャンスを与えられた。そこでニッキー、ブライアンと知り合う。最初は5人でウェストサイド(WESTSIDE)というバンド名で活動したが、アメリカに同じ名前のグループがいたため、新しいグループ名、ウエストライフ(Westlife)に改名した。(IOUというバンド名はすでに使われていた)。ボーイゾーンのローナン・キーティングとルイ・ウォルシュがマネージャーとして迎えられ、シェーン、ブライアン、マークがリードボーカルを担当。キーアンとブライアンがピアノ、ギターを弾け、またメンバー全員が作詞をできる。(しかし、ほとんどのヒット曲がメンバー以外の作詞家によって作られている。)この年にはバックストリート・ボーイズの前座としてダブリンでライブをする。

1999年4月、ウエストライフのファースト・シングル「愛の誓い〜スウェアー・イット・アゲイン」がUKでリリースされ、チャート1位を獲得する。8月には「イフ・アイ・レット・ユー・ゴー」が、10月には『フライング・ウィズアウト・ウィングス』がそれぞれ1位を獲得する。11月にはファースト・アルバム「ウエストライフ」がリリースされ、UKアルバム・チャート2位を記録した。

2000年3月にデビュー・アルバムから最後のシングル『フール・アゲイン』がリリースされ、4月にはUKチャート1位を記録する。11月には早くも2ndアルバム『コースト・トゥ・コースト』がリリースされ、UK音楽史上4番目の売り上げを記録した。このアルバムからはフィル・コリンズのカバー曲『見つめて欲しい』と『マイ・ラヴ』をシングルとしてリリースする。「見つめて欲しい」はマライア・キャリーとのデュエットでUKチャート1位を、バラード調の「マイ・ラブ」も大ヒットしUKチャート1位を記録した。だが、8枚目のシングル「ホワット・メイクス・ア・マン」はBBCの子供向け教育番組『ボブとはたらくブーブーズ』のテーマ曲『Can We Fix It?』に阻まれUKチャート1位を逃したため、ギネス記録はストップした。

初めてツアーを回るようになる。また2002年12月には3rdアルバム「ワールド・オブ・アワ・オウン」がリリースされる。このアルバムにはウエストライフのメンバー自身が書いた曲が8曲収録されており、その中の『クイーン・オブ・マイ・ハート』と『ワールド・オブ・アワ・オウン』はUKチャート1位を記録した。

2002年12月に解散が噂される中、ベスト盤「グレイテスト・ヒッツ~アンブレイカブル 」をリリース。UKアルバムチャート1位を記録する。

約1年ぶりに4thアルバム「ターンアラウンド」がリリースされる。このアルバムもUKチャート1位を記録し、4年で4枚のUKチャート1位を記録した。また、このアルバムからのシングル「哀しみのマンディ」はUKチャート1位を記録した。(この曲はバリー・マニロウのカバー曲。)また、この年には3度目となるUKレコード・オブ・ザ・イヤーを受賞する。(5年で3度受賞したことになる)

2004年3月9日にメンバーのブライアン・マックファーデンが脱退する。理由は、家族との時間が欲しいとのこと。ブライアンはアトミック・キトゥンのケリー・カトーナと結婚していて、2人子供がいる。しかし、9月には離婚。離婚の後、すぐにソロとしてのキャリアをスタートさせ、自分のウエストライフ時代の思いをつづった「リアル・トゥ・ミー」はUKチャート1位を記録した。また脱退する際の記者会見で「(メンバーの)シェーンとマークの歌唱力にはかなわない。」とコメントしたことから、メイン・ヴォーカルを務めたかったのではないか、という理由もあげられている。(しかし、実際はブライアンもメインを務めることが多かった。)現在はオーストラリア出身の歌手、デルタ・グッドレムと交際している。詳しくはブライアン・マックファーデンを参照のこと。本来、メンバーを失うとグループは解散する傾向にあるが、ウエストライフは違った。ブライアン脱退後、4つのアリーナツアーを成功させ、またこの年の暮れにはフランク・シナトラ、ボビー・ダーリンなどの曲をカバーしたスタンダード・アルバム「アラウ・アス・トゥ・ビー・フランク」をリリース。

4ヶ月の休養の後、新曲を発表。シークレット・ガーデンのカバー『You Raise Me Up』とアルバム「フェイス・トゥ・フェイス」がリリースされ、このシングルとアルバム両方が12月6日にUKチャート1位を記録した。シングル、アルバムが同じ週に両方とも1位を記録するのは初めての出来事であった。ウエストライフはそれでも続く解散の噂を笑い飛ばし続け、最低でも20曲、UKチャート1位を記録する曲を歌いたいとコメントを残した。

初のアジア・ツアーを9月4日から開始。フィリピン、韓国、シンガポール、香港、台湾、インドネシアで行われた。11月20日にはニューアルバム「ラブ・アルバム」をリリース。アルバム・チャートでは、ウエストライフのアルバムがオアシス、ビートルズ、U2らの強豪を破り1位に輝いた。4アーティストのアルバムが同じ日にリリースされ、熾烈な争いが注目されたその週のチャート。結果は、ウエストライフ1位、オアシスの『Stop The Clocks』(2位)、ビートルズの『Love』(3位)、U2の『U218 Singles』(4位)の順に終わった。このアルバムからのシングル「ローズ」はウエストライフの14度目のUKチャート1位を獲得。クリフ・リチャードと同数で、上には偉大なエルビス・プレスリーとビートルズだけとなった。

メンバーはロサンゼルスに滞在し、マイケル・ブーブレのカバーをレコーディングとプロモーションビデオの撮影をした。このカバー曲、「ホーム」はUKで2007年10月29日に発売される前の10月初旬には彼らの公式ホームページで公開された。結果、同曲はUKチャート3位に終わる。オリジナルソング9曲、カバーソング3曲を含めた8枚目のスタジオアルバム、「バック・ホーム」は同年11月5日にリリースされ、UKアルバムチャートで1位を獲得。また、この日は再結成したスパイス・ガールズのベスト盤、「グレイテスト・ヒッツ」のリリース日であったが、スパイス・ガールズはウエストライフとの勝負を避け、リリース日を1週間遅らせた。ちなみに過去には会社側がスパイス・ガールズとアルバムの発売日を同じに設定し、マスコミもこれを大きく取り上げ壮絶な戦いとなったが、ウエストライフが圧勝した。
2枚目のシングルとして「アス・アゲインスト・ザ・ワールドを2008年3月3日リリースし、UKチャート8位を記録した。このリリースの前の2月25日からは「バック・ホームツアー」と題したツアーを始め、UKのみならず初めてニュージーランドでツアーを行い成功をおさめた。なお、ヨーロッパとアジアの一部の国では「サムシング・ライト」が2枚目のシングルとしてリリースされ、前述の「アス・アゲインスト・ザ・ワールド」は3枚目としてリリースされた。

2009年7月1日から10枚目のニューアルバムにむけてレコーディング活動を再開。メンバーのニッキーはこれまでとは違ったプロデューサーや作詞家と共にアルバムを制作をしていくことを発表。ウエストライフの大ファンであることが分かったコールドプレイのクリス・マーティンやワンリパブリックのライアン・テダー、ダレン・ヘイズ、イン・シンクのJCシャゼイ、再結成したA1のベン・アダムスなどがその例である。
2009年11月30日にアルバム、「ホエア・ウィー・アー」が発売され、UKアルバムチャート2位を記録。また同アルバムからのシングル、「ホワット・アバウト・ナウ 」は10月23日にリリースされ、UKチャート2位を記録した。また、2010年のハイチ大地震におけるチャリティソング、「エブリバディ・ハーツ」のレコーディングに参加し、同曲はUKチャート1位を記録した。

11枚目のアルバムはグラミー賞受賞者であるジョン・シャンクスのもとロサンジェルスで制作され、2010年11月14日にリリースされたシングル「セーフ」はUKシングルチャートで10位を記録。25回目のトップ10入りとなった。また、アルバム「グラビティ」はUKチャート3位、アイルランドチャート1位を記録した。